beat sb hollow

ただひたすらに戯言を

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水は方円の器に従う

どうも。

部屋が乾燥しすぎてて、ケツと足が粉ふきました。

ヒラオカです。


本当にこんなこと言っちゃっていいのかなぁとも思いました。

でも、あえて言います。

多分知らない方も多いかと思います。

実は。




今日で2011年、終わりなんですよ。




激動の2011年でありました。

毎年、みんなてんでに年末になるとそういうこと言ったりしてますが、今年こそは本当に、全世界の人が一致してそう言う事だろうと思います。

なんだったんだろうね今年は。

それなりに生きてるおっさんであるからして、今までだって歴史的な出来事が起こった年もありましたよ。

でも、戦争が起こったってやっぱりきれいごとをいっくらほざいたって、実際はどこか【対岸の火事】程度にしか思っていない訳です。

戦争って悲しいよねなんて言いながら、変わりなく仕事に行き、呑みにいき、自分のやりたい事をやってるわけです。

今年に限っては、殆どの人がなんらかの形で【当事者】だったんではないかと思います。

今思えば、年初のあの【しょぼいおせちでこの野郎事件】でテレビが騒いでた頃なんか、平和だったねぇ。

今日の現状で考えれば、そんなもんどうでもいいね。心から。
なんだよ損しちゃったよ。
で、済むんだから。

3月11日、仕事中にものっそい揺れて、普段地震がきても「大丈夫だよ別に」なんて冷静装って言っちゃってるオレも、さすがに近所の公園に避難した。

目の前のビルがプリンみたいにグニャグニャ揺れてるのを見て、もし震源が関東じゃなかったら、震源地はエラい事になってるなと思った。

新潟の震災のときにも味わった感覚だったからだ。
あの時も「結構ゆれたなー」なんて東京の美容室で思っていたら、新潟がエラい事になってた。
そのときは、携帯も通じない、急いで公衆電話を探して実家に電話してもつながらない。
1時間以上ずっと、つながるまで電話をかけていたなぁ。

あの時のいやな感覚が思い出されて、すぐに携帯ワンセグでNHKをつけたら、まさに津波が襲いかかってくる映像が映し出された。

映像があまりにも映画みたいで、現実味がなかった。

その日はもう仕事も機能しなくて、今日締めの仕事もどうすんのって感じで、取引先にも連絡がつかない。

交通も麻痺し、オレは歩いて家まで帰った。

まさに人がゴミの様にあふれている都心を歩き、約40kmの道のりを歩いた。

飲まず喰わずで途中で力尽きてコンビニに立ち寄るも、商品がなんにもない。
冷たいタイヤキを真冬の空の下で震えながら流し込み、間に合わせた。

その後はただただ現実味がない、繰り替えし流されるテレビからの映像を眺めながら、これからどうなっていくのかと不安に駆られた。

福島にも行った。
友達たちの不安で大変ながらも、見せてくれたひとときの笑顔に、癒された。

少しばかりの支援物資に心から喜んでくれる人に、逆に罪悪感を感じた。
俺には何の力も、助ける能力もない、と思い知った。

でも本当は、死んでたっておかしくなかったんだ。

だから、会って、笑って、話せただけでも良かったと思った。感謝した。

生きてさえいれば、今がどんなに大変でも、また会える。

一緒に酒を酌み交わすこともできるんだから。



世界的不況。

激動の世界情勢。

今年で退場した数々の歴史的指導者たち。

もう今年は何もおこらないでくれと思っていた年末、将軍様がサヨナラした。

怒濤だったな。


だから、やっと。

やっと31日がきた。

と言う気持ちがありますよ。

これで本当に終わりだな。今年。

あと数時間で何か起こらなければね(笑)


これからっていう若い子たちには、本当に大変な時代になったな。

オレの時も不況だの就職難だのって言ってたけどもさ、比較になんねぇよな。

でも、どんな時代だって絶対に自分なりの道を見つける事はできるハズだから、頑張って欲しいけどね。
実際まだまだオレだって当事者なわけだけれども。

そうは言っても、オレには時代がこんなになる前に積み重ねてきたものがあるからね。
これからまっさらの子の大変さに比べたら、全然だ。

頑張れ、若者。

エールおくる。

おっさんエールおくる。

これから積み重ねていこうとする若者には、おっさんが積み重ねてきたものを惜しみなく託していく。

それ、おっさんの勤め。


なんだかんだあった年だけど、なんだかんだあった年だからこそ、思い入れも深い年になった。

きっと生涯で2011年って忘れないだろうな。

一生で、忘れない年ってどのぐらいあるのか。
多分、何十年も生きてきて数年くらいだと思うんだわ。

今なら若い子だちも、じいさんばぁさんが原爆投下された日や、終戦記念日の話をしつこいくらいに話していた気持ち、わかるだろう?

そりゃあそうなんだよ。

そして、俺たちも、じじいばばあになったらきっと、子供たちに「もういいよその話は」って言われてるぜ。


人生って、思い入れの積み重ねなんだよ。

それは楽しいことばっかじゃねぇんだよな。

愛する人と出会うこともあれば、別れる事もある。

それも、永遠の別れを告げる事もあれば、お互いの未来を夢見て別れることもある。

人と出会い、人と一緒に時間を過ごし、人と別れる。

そうやって積み重なったものを思い浮かべ、死ぬのが人生じゃねえのかな。


オレはこれから新潟の実家に帰省します。

あっちは豪雪らしいな。

ウチはまだシティーだからいいけど、山間部はまさに「え?2階の窓が玄関でしょ」状態だな。

さみーな。

やだな。


まぁ、ウチのじじーばばーもお歳を召されてるんでね、後何回会えるかもわかんねー。

今回が最後になるのかもしれねーと、毎回帰るごとに思ってる。

だから、また今年ものんびりと酒を酌み交わしながら、久しぶりに帰った息子に言う余計なおせっかいやおしかりを受けてくるよ。

うっせーからな。

でも、死んだらもううるさくなくなっちゃうからな。

ガーガーガーガー昔からうっさかったけど、それもあと何年かな。

堪能してくるわ。

イラつきながらな(笑)



2011年、触れ合った人たち、本当にありがとう。

みんな大変だったね。

そんなもん、言わなくてもわかるわな。

バンド辞めてから、めっきり会う人も激減したけども、それでも相変わらずオレを気にしてくれる人たち、ありがとね。

疎遠になったって、久しぶりに会う事があったって、オレは絶対に冷たくあしらったりなんかしないからね。

あのときと変わらない笑顔で接するからね。

今後も、ずっと。

何年たったって。



明日からの2012年、みんなにいい事がありますように。

世界が回復しますように。


来年は、こんなにギスギスして、みんながみんなを叩き合うような社会から脱却できるといい。

そう思う。

心から。


じゃ、また2012年に会いましょう。





オレは、元気です。


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  1. 2011/12/31(土) 08:57:16|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

本当に、みんなが笑顔で過ごせる世界であってほしいと願うのみです。

こんな形ですけれど、今年もお付き合いくださいね、よろしくお願いします。

帰省、くれぐれもお気をつけて!!
  1. 2012/01/01(日) 03:27:26 |
  2. URL |
  3. 一恵 #-
  4. [ 編集 ]

おめでとうございます。
今年はよい年でありますように、ですね。
  1. 2012/01/14(土) 01:41:32 |
  2. URL |
  3. 平 #-
  4. [ 編集 ]

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