beat sb hollow

ただひたすらに戯言を

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思い内にあれば色外に現る

おっす。

今日、思いっきり転んでケツを強打しました。

転んでケツを強打とか、歳とったな〜と思わずにはいられんね。
数年前なら考えられんなぁ。

しかも、あまりに強打しすぎた為か・・・。

ケツ・・・。

なんと。



ケツが・・・。



割れてます。ぱっくり2つに。



もうダメです。



しかも穴まで開いてます。



ツーケのナーアーが



てなワケで。


愛しさと

せつなさと

ヒラオカです。


東京を離れてから一回も更新してなかったけども、まだ生きてるよ。

何だかこっちに来てからは、心の所在が難しくてね。

急に今までの当たり前が全て一気に変わってしまったのだから、まー無理もなかったのかもしれない。

今まで当たり前のように会っていた人たちとすぐに会えなくなる、反対に今まではなかなか会えなかった人と頻繁に顔を合わせるようになる。

今までの常識が常識じゃなくなり、今まで意識もしていなかった事が常識として突きつけられる。

でも、なんだか最近やっと落ち着いて来たよ。
オレはスロースターターだから、心をここまで持ってくるもにも、時間がかかってしまったな。

だから、久々に日記、始めます。


えー。

あわただしく東京を離れてから結構月日も流れました。

その間は、親の手伝いをしたり。

甘いもの食したり。

久しぶりすぎる人たちと再会したり。

甘いもの食したり。

ババアやジジイどもの群れにこき使われたり。

甘いもの食したり。

ババアがかたくなに美容室をパーマ屋としか言ってくれなかったり。

甘いもの食したり。

こっそりスカしたオレの屁のニオイが余りにもクサすぎて、ジジイがガス漏れしてると騒いだり。

甘い感じのもの食したり。

終わったら電話しろ!って言い放って出かけて行ったジジイの携帯ならしたらオレの脇にあったり。

甘いパン探したらなかったり。

人生について考えたり。

かと思えば、甘いケーキも食したり。

それなりにいろいろありました。


都会のギラギラした喧噪の中、ひたすらに身を焦がし、身をすり減らし、希望と絶望の中に生き、炎のように生き急いでいた頃から一転。

ババアの小言を聞き流しながら苦笑いし、ジジイにこき使われ、友人の家庭のグチを聞きながら酒を酌み交わし、懐かしい風景を散歩し、畑をいじり、心地よくて眠ってしまいそうな日だまりの中に生きています。

やっぱり生まれ育った街は、行く所行く所、ふいにいろんな想いがあふれてきてね。

ある道を走れば、昔の彼女を毎日送り迎えしていた風景がよみがえり、あの頃の自分の中の青臭くて一生懸命だった感情に苦笑いし、心が温かくなる。

ある場所に立ち止まれば、くだらない悪さばかり思いついて人に迷惑をかけながら、それでも毎日友達と笑いあい、ずっと変わらない未来と日常を信じていた頃を思い出す。

通っていた学校を見れば、あれだけサボりまくっていたのに、卒業間際にはいつも通りのメンツでいつも通りの話しをしながら、サヨナラの予感を感じで胸に穴があいていた、哀愁を思い出す。


どこに行っても、想いが溢れてくる。


自分が生まれて育った故郷なのだと、帰ってみてあらためて感じる。


オレは、何もわからずに21歳身一つで東京に飛び出してから、いろんな人と出会い、別れて来た。

すれちがった人、深く結びついた人、今はもういない人、今もいてくれる人。

その16年間の出会い全てが、変わらずに、褪せずに、胸に生き続けてる。

16年前、地元の全ての人間を振り切って、東京にでた時は、1人だった。

16年後、多くの人間に囲まれていた。

そしてまた今、地元に帰って来た。

もちろん同級生たちや友達はいるけど、オレが東京で16年の人生を積み重ねて来たのと同様、奴らも新潟で、オレのいない、それぞれの16年を過ごして来た。

ある意味では、オレはまた1人だな、と、思っていた。
それは覚悟して帰って来たものでもあったから、別に寂しくはないと思っていた。

正直、どんなに地元の人間と話しても、バカ笑いしていても、深くわかりあう事はもう無理とも思ってたんよね。

こっちに来てからは色々と遊んだり話したりし、過去のバカ話しに華を咲かせたりもしたけれど、深い所での違和感は拭えなかった。

落ち着いてるからとか、田舎にいるからとかではなく、きっと全く違う場所で、違う景色を見て生きて来たこの16年間で積み重ねて来た、お互いの人生があるからなのだろうと思う。

だから、こっちに来てからもちょいちょい東京に行き、会いたい人に会った。

きっと、平気とか、わかっててやった事だから平気なんて強がりながらも、寂しかったんだな。オレ。

結局は長年の蓄積でわかりあった友に、頼ってたんだな。依存してたんだな。

人にえらそうな事を言ってるくせに、ちっとも強くねぇ。

ただ、寂しかっただけだ。


でも、何かまた縁あって、現在はありがたいことにまた、暖かくも楽しい、新しい愉快な仲間に囲まれ、楽しく暮らしています。

オレは昔から人に恵まれていた。
職場でも、音楽関係でも。

オレなんて自分勝手でわがままで思いつきでやりたい事ばっかやってきた、ただのクソみたいな一般人で。
そんなもんの周囲によって来てくれる奇特な人間には、不思議に思う心と共に、感謝の気持ちが絶えない。

いつまで続くかわからない、またすぐに離ればなれになるのかもしれないけれど、今はしばしの日だまりのような空間で、オレ、毎日笑ってます。

それでいい。

それでいいんだよな。

こっちに来てからは、将来はどーしてーのかとか、仕事の事とか、親の事とか、いろんな事を考えた。
あれはダメだとか、あれをやらないととか、色々考えたり、ナーバスになったり疲れたり。

でも、最近やっと気づいたんだけども、ずっとオレは自分らしくなかったな。

そもそも思いつきで東京に何も考えずに出て、16年好きな事やり倒して、また思いつきで地元に帰っちゃうような人間が、今さら何を言ってんだかな。

だから、自分の生き方の原点に立ち返ることにした。
誰のためでもない、自分の人生だからさ。

オレはやっぱ、ずっと笑っていてーな。

難しい事や、悲しい事や、考えなきゃいけない場面も出てくるけどさ。

オレは、人と笑って生きたい。

今までのように。

これからも。


だから、条件やら状況やら、考えるのはもう辞めた。

オレは、「今」現在を生きてるから。

過去に何をやってきたからどうとか、これから何をしたいからどうとか、もちろん大事だ。

でも、オレは「今」の感情を持って、「今」ここに、新潟県の長岡市に生きてる。

「今」何を思っているか、「今」何をしたいか、「今」誰と一緒にいたいのか、家族、友人たち。

〜の為に生きるなんて、オレごときには大それた考えだ。

オレはただ、話したい人と話し、時間を共有し、笑ったり怒ったり、涙を流したり、不安になったり、落ち込んだり、希望を感じたり、明日を夢見たり。

今を目一杯、楽しんで生きる。

その先に、自ずと将来、未来があるんじゃねーかな。

その中で、きっと自然と誰かの為に何かをしてやれてるんじゃねーかな。

先々こうしたいから、今を死んだ目で過ごすのは、やっぱ性に合わない。

今現在を精一杯生きていなくて、どうして納得できる未来が来ようかとね。

一緒にいたい人と時間を共有して、共に泣いて、笑って、怒って、悲しんで、やりたいことやって失敗して、痛い目みて、それでも笑えて、反省して、希望を見て、そんな人生の先にある未来が、悲観的なワケねーよ。

そー考えりゃー、将来なんて自分の生きて来た人生のただの結果でしかない。


バカみてーにポジティブにとられがちだけど、オレだって不安も感じるし、どーしょーもなく落ち込んで膝抱えることもあるさ。

でも、翌日にはまたくだらねー話しで笑って肩たたきあって過ごす。

それでいい。


人生は一期一会。

今日、笑って話した人と、明日話せるとは限らない。

それは家族でも友達でも恋人でも。

後でいいや、今はいいやは、それが無くなったときにきっと初めて後悔するんだろう。

だからオレはこれから何があれ、一緒にいたい人たちと一緒にいる事にするよ。

場所や状況なんか知らん。
どーなるかもわからんし。


ただ、自分の事なんか、自分でやりゃーいいんだよ。
一番簡単なことだ。やりゃいいんだから。

大事な人は後で望んでも手に入らないよ。

どんな人であろうと、あのときこうしてなければ、あのタイミングでこうなってなければ、一生知り合わなかった人たち。奇跡的な確率の上で、たまたま知り合った人たちなんだよな。

まー、まだまだオレもこれからどーすんのか決めてもいねーけど。

ずっと「今」のリアルな感情と願いを大事に生きて行こうと思うわ。
それがまあ思いつきとも言われるんだけども。

結局、それが自分らしいわ。

青臭いと言われようが、現実を見てないと言われようが、地に足付けろと言われようが、瞬間瞬間の素直な気持ちを大事にできないような人生なんて、オレはイヤだ。

理屈じゃなく、イヤだ。

なんか小学生みたいな結論で終わったけども。

まぁ、なんだかんだ言いながら、オレ、元気でやってます。


夜ふと歩いているときに上を見ると、長岡の星空はすげーきれいだよ。

こんな星空を当たり前の様に見ながら育って、東京の星なんかほとんど見えない灰色の空を見慣れて、この歳になって初めて、地元の空がこんなにすごかったんだと認識する。

でも、きれいならいいってもんでもなくてさ。

オレは、あの東京のきったねー空も好きだったよ。
つらいときも、打ちのめされたときも、あの空を見ながら、夜歩いて帰ったもんな。


最近、あらためて思うよ。

人の帰る場所って、地域とか家とか部屋じゃねーよな。

人が帰る場所は、やっぱ人だ。

都会でも田舎でも豪邸でもワンルームの安アパートでも。

大事な人のもとに、ただいまって帰って、お帰りって迎えてもらう。

それが居場所だな。

居場所って、物質や空間じゃなくて人の体温なんだよな。

オレの人生もどーなるかわかんねーし、いつ死ぬのかもわかんねーけど。

笑って日々をすごし、帰れる人がいてくれるのならば、それでいいかな。

苦しい事も大変な事も、そんなもんは後に笑い話にして、一緒に考えて一緒に泣いて一緒に笑える、それでいい。

もし将来、家族がいるのなら、自分の死に際には、今までにあったいろんな失敗談や大変だった事を爆笑しながら話して、子供にも聞かせてやって、父ちゃんどーしよーもねぇななんて言われて、そんでそのまま笑顔で、「じゃあ行くわ」っつって旅立ちたいわ。

自分が最後にみるのは、家族の笑ってる顔がいいなあ。

一生懸命笑かそう。

こいつ死に際にアホじゃねーかと思わそう。

その前に家族いんのかなぁ(笑)

まー1人だったら、頭に浮かぶいろんな人や事を反芻して、1人でウケて、我ながらバカみてーだったなーなんて思いながら、声が漏れるくらい笑って逝ってやるさ。


みんな。


日記を更新していない間は、なんだかんだで戸惑ったり、イラついたり、感動したり、哀愁感じたりと忙しく感情も揺れ動いていたけど。

それでも、口を水面でパクパクさせながら、一生懸命に息を吸って生きてるよ。

これからも、あいかわらずなこの嫌がらせのようなクッソ長い日記は書いて行くよ。


今回は帰って初日記だから、ちょっと感情的になっちゃったけども。

いつも通り、ブログ直書きで一切の下書きも見直しもしない。

だからきっと、誤字脱字はあり、文章構成もめちゃくちゃで、きっと何が言いたいのかわからん文章になってるだろうけど。

見直し、添削するごとに、文章ってその熱量を失って行く気がするから。

オレは口では強がるし恥ずかしがるし、なかなかうまく物事を言えないから。

文章では嘘はつかない。

あとで読み返して恥ずかしくなるのは毎度の事。

おっさんめげない。

おっさん恥ずかしがりや。

おっさんトゥーシャイシャイボーイ。



新潟に帰って来ても思い出すはあの風景、あの顔たち。

迷惑かけてきたけど、ごめんという言葉はきらい。

だから。

ありがとうね。

これからもよろしく。



オレ、元気でやってるよ。それなりに。

大変なことも多いけどさ。

あいかわらず腐りかけた牛乳やすっぱい麦茶のんで腹壊しまくってるけどさ。

コーモンが西野カナばりに会いたくて会いたくて震えまくってるけどさ。

便器に。




今も、毎日わらってるよ。

あいかわらず。

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テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 2012/11/19(月) 00:19:02|
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