beat sb hollow

ただひたすらに戯言を

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這えば立て立てば歩めの親心

おっす。

おれわかった。

わかったよ。

ウチの会社ってさ、指紋認証でロック解除して入り口開けるんですが。

みなさん華麗にパツイチでスルーしていくのに対して、オレだけ毎回毎回「ピー」てひっかかんのよ。
それでまたおそるおそるやって。

「ピー」

ピーじゃねぇんだよ。

入れろよ。

オレだよオレ。

仕事させろよ。

「ピー」

ピーじゃねぇんだよこのクソ機械野郎がオレが誰だかわからねえのか。

オレおまえ、3中の北島さん知ってんだぞこの野郎?
おまえただじゃすまさねーぞ?やっちゃうぞ?

と、バックグラウンドの怖い先輩をちらつかせつつ恫喝するものの

「ピー」

こんな毎朝を送っております。

ちなみにスマホのゲームでも、ちゃんとなぞってんのに「そこじゃねーよ馬鹿野郎」がよくあります。

わかったんだよ。

オレ・・・オレ・・・

指紋・・・よく認識してもらえないみたい・・・

あれ?オレほんとは存在してねーのかな?

とか思いつつ過ごす毎日です。

認識して下さい。

オレという人間を。

機械てめぇこの野郎。

お願いします。

泣きます。

いい声で鳴きます。

心配ないからね

君の思いは

誰かに届く

必ず最後に

平岡です。



じゃあ本題に入りましょう。

本題なんか別にねーけども。

でもそこそこきっと長くなるから。

いやな人はいますぐパソコンの電源落とせばいいじゃない。

もしくは液晶を渾身の裏拳で叩き割ればいいじゃない。

スマホの人は、いますぐそいつを窓の外にぶん投げればいいじゃない。

あ、スマートホンのことね。

あごめん。

スマートフォンね。

わかんなかったかな?

投げるのに抵抗がある育ちの良い方は、今すぐ液晶を渾身の右ストレートで叩き割ればいいじゃない。

今の感じの流れ、ちなみに三瓶の前の日記からパクってるから。

はっきりと言うから。

パクッたよ。

あ、大丈夫。

オレそういうの全然平気だから。おかまいなく。



じゃあ、始めるから。

先生始めるから。



最近はね。

親と触れあうことも多くてね。

今まで目をつむってきた事にも、否応なしにぶち当たるワケで。

たとえば

頑なにヨシ子(母)が美容室の事をパーマ屋としか呼んでくれない。
あきらかに店名自体が「○○美容室」という名前であるにもかかわらずだ。

とか

名前がいっつもわけわかんねーくらい間違ってるとか

「お母さん華の苑いってくるからね」とか

華の湯だろ

焼き肉屋にでも行くのかおのれは。

「デニージョップリン出てるね」とか

ジョニーデップなのかチャップリンなのかをまずはっきりさせろ。

オレは今一度強制すべく、「お母さんパーマ屋行ってくるからね」の後に言ってやったよ。

「わかったー美容院ねー!」と。

そしたら「後で迎え来てあそこのパーマ屋さん」と。

まるで何事も無きことのように言ってのけやがった。

ババァー。

あとな、よっちゃんよ(母)

畑連れてってはいいけどな。

ちょっと後ろあけてーと言った後に、ひっこぬいたばっかの大根をドッサドッサ荷台に放り込むのはやめろ。

オレの車・・・

オレのノア様・・・





トラックじゃねぇんだよ





その後泥と葉っぱの残骸に荒らされた荷台を鳴きながら片付ける息子の事を考えろ。


あと貞次(父)な。

オレがこっそり鉄工所にて屁をわからないようにスカしてやったらな。



機械がおかしい!




って騒ぎ出して点検開始すんのやめろ。

機械はおかしくない。

異臭を放っていない。

安心しろ。

セガレのガスだそれ。

もう言えねぇだろうが。


あと貞次さん(父)な。

「とりあえず家来たら携帯に電話すれやー」って言ってどっか行っておきながらな。

いざ来てから電話したら

オレのすぐ隣のテーブルの上でその携帯がブルってんのはどーいう了見よ?

オノレは家のテーブルがカッタカタいう音で気づいて外から帰ってくるのか?

ケータイってそういう役割なのか?

そのまま1時間も結局待っていたセガレに

「おう来てたんか」

じゃねーんだよコラじーさんよ。

「携帯は携帯しなよ」

って言ったらおまえ

持ち歩くのがめんどくせぇ


って


捨てちまえよ。


今すぐにオーバースローでキャッチャーミット目掛けて放ってしまえよ。


まあ尽きないですが、そんなこんなで面白おかしく(もなく)やってるワケですが。

漫才やってんじゃねーんだよこっちゃーよ。


それでもな。

さんざん今までオレは好き勝手やってきて。

親がちょっと具合悪かったりケガしたりしたときも、余計な事を言わないオヤジのおかげでオレは知らなかった。

後で聞かされて知ったオレは、聞かされるまでは何も考えず何も知らずに、好きなことをしていた。

母が入院したときにすっとんできて病室に1泊したときに「ありがとね」って言われたときのあの罪悪感。
オレは何もしていねぇ。

オヤジが大けがをして仕事ができなかったときも、オレは東京で音楽活動をしていた。

「オレは自分で全部やるから親の世話にはならねぇ」

なんて勝手な言葉だろうな。

それがかっこいいと、ちゃんとやっているとさえ思っていた。

地元に帰ってきた理由として、そのツケを払わなければいけないと思ったのも大きい。

気づくのおせーけどな。

ほんとにオレは好き勝手に今まで生きてきたと、思う。

自分の考えるまま、やりたいことをやってきた。

もちろん、それだって自分の責任において、人にケツをまわすことなく、自分でやりきる気構えだったけども。

そんなの当たり前だよな。

決してそんなのがかっこいいワケじゃない。

ほんとは親が助けを求めたかった事だってあっただろう。

オレは、自分の事を自分で全てやっているという自負に酔っていただけ。

そんなのは当たり前のことなのに。
自分が自分の好きなことやってんだから。

しかも、それすら結局は、周囲のお世話になったり助けてもらったことも多々あった。


そしていきなり帰ってきたところで、職探しもこれから、地盤もない。

何ができるワケでもない。

ほんとに悩みに悩んだけれど。

それでも、オレの出した結論は、地元に帰るだった。

お金を出すとか、何かをしてやるとかじゃなくて、もう年老いて寿命の先も見えている親を一番喜ばせる事ってなんだろうって考えたとき、ただ近くにいて、一緒にメシを喰って、一緒に話して、一緒に買い物に行ける事なんじゃねぇかって思ったんだよね。

そして、はっきりと口には出さなくても、心配事が増えた増えたと言いながら、はっきりと親は喜んでいた。

それがわかった。

だから、それでオレがこの先この地でうまくいかなかったとしても、やっぱりそれで良かったんだと思う。

もうすでに好きなことをやり尽くしてきたんだから。


東京時代から時折帰ることもたまには考えてはみたけど、踏み切れなかったし、やっぱり無理と考えを消してきた。
幾度となく。

それなりにいろいろ地盤も築き、それなりに金も稼げるであろう今の状況で、仮にいまさら新潟に帰っても、オレが喰って行けなければ、うまくやって行けなければ、意味がないし逆に迷惑をかけるだけだろうと。

この歳で親の世話になるなんてごめんだと。

それなら、こっちで手を煩わせずにオレはオレでちゃんとやっていく方がいいだろうと。

そう思っていた。

でも、あるとき、将来の親を、家を想像したときにさ。

変わったんだよね。

今はねーちゃんもいるし、孫もいるしまだ賑やかだ。

でも、いずれいなくなり、老夫婦2人になり、それから1人いなくなり、古い家で昨日の残りの固く黄色くなったご飯を出してきて、1人で食べてる母ちゃんの姿が浮かんだ。

どうしょーもなかった。

そんなのヤダ、と思ったんよね。
理屈抜きに。


昔母ちゃんと父ちゃんが出会い、二人で希望を込めて建てた家。

やがて姉ちゃん達が生まれ、オレが生まれ、3人の子供が騒いでてんやわんやで親の怒鳴り声が響き、子供達の笑い声に満ち、そんな騒がしい時代も徐々に過ぎ。

姉ちゃんが家を出て、下の姉ちゃんが嫁に行って家を出て、オレは東京に行き。

騒がしかった家もどんどん静かになっていって。

でもまた姉ちゃんが戻ってきて、孫の面倒をてんてこまいできっと見ながら騒がしくなって。

きっと文句言いながらも嬉しかったんじゃねぇかと思うんだ。

でも、孫も大きくなり、1人は大学で京都へ。
もう1人も来年高校卒業へ。

姉もきっと家をそのうち出る。

そうなってまた静かになった家で嬉しいだろうか。

年イチでしか帰ってこないしっかりとしたセガレがいるよりも、頼りないけれども呼べば手の届く所にいるセガレの方が嬉しいんじゃないか。

なんてね。


でも会えばうるせーし、めんどくせーし、腹立つことばっか言ってくるし。

いつ元気なくなんだってくらいうるせーw


そんでも、若い頃と少し違うのは、「あと何年、このクッソうるせーのが続くだろうか」って考える事。

きっと、もう10年も10何年もないんだろう。

このクッソうるせー声が、かすかな記憶の中でしか聞けなくなるんだろう。


だから、あと何年かわからんけども、聞けなくなるまでは聞いとこうかなと思う。


すっげームカつくけどw


まぁ、そんな感じで帰ってきたからね。

親がいなくなっても一生新潟県にいるかどうかはわからないね。
そこまで固執はない。

今はとりあえず、いろいろとうまくいかないし、なんだかんだで大変な事ばっかだけども、新潟で頑張ってみようかと思います。


小学生の時、オレは鍵っ子だった。

暗い家に独りで居るのがイヤだったから、ランドセルを家に投げて暗くなるまで遊びに行ってた。

帰り道、家が見えてきたときに、電気がついていて、メシのニオイが漂ってくると、とても安心したのを覚えてる。

家に上がると台所でメシを作っている母の後ろ姿。

人がいる安心感。

家族がそこに帰ってくる安心感。

外でイヤな事があっても、ハラはへる。

帰ってきて何かで叱られても、そのあとに「喰え」と出されるメシをかき込む。


そこに「家族」があった。


そこで育った。


もう親も年老いた。


時代も変わった。


オレも、おっさんになった。


でも、あの頃の情景を思い出すとオレは子供のまま。


紡いでいく。


親はいつかいなくなり。


オレもいつかは家族を持つかもしれない。


そしたら、子供が明かりを見たときに、安心して帰ってこれる場所を作ろう。




なーんてね。


はいはい。


まずは。









ねw




うるせえ馬鹿野郎。



ちなみに余談な。


母が入院して1泊したときにな。

消灯して母が寝たららやろうと思って、当時やってたゲームボーイカラー(絶滅種)のドラクエ3持ってきてたの。

そんで消灯してね。
母も寝てね。
さてと、まードラクエ3でもやるべかと。

電源入れたらさ。

ゲームボーイカラーってさ・・・。

ゲームボーイカラーってやつぁーさ・・・。


そもそもライトついてねーんだよねw


画面、真っ暗でみえねーし。

音だけを頼りにうっすく見える画面でなんとかパチパチ一生懸命に動かしてたらさ。
「静かにして下さい」と看護婦さんに怒られたしょっぱい思い出がよみがえったわ。

懐かしいゲームボーイカラー・・・。

さて





あいかわらず勢いで書いているから文脈のおかしい所とか誤字脱字は許して。

ってか

許せ


めんどくせーしねむい。


おれ、ねる


じゃ


お寿司食べたい

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  1. 2013/11/05(火) 02:55:25|
  2. 日記
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