beat sb hollow

ただひたすらに戯言を

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Letters

どうも。

ケンチャナヨー。

『大丈夫だ』じゃねえよバカ。


どこをどう見ても帰国子女、またはバイリンガル、またはパイパンギャルにしか見えないこの平岡ですが。
いつもお世話になっております。

いや、そんなにお世話になってないし、またはお世話してない。

ってな感じで今回もよろしくお願い致します。


出だしからパイパンとか言ってますけども、今回は少し暗い話しになるかもしれません。

じゃあ書くなよって話しですが、後で読み返した時用に、この時の事はちゃんと記しておきたいと思ったので。
基本多くの人目に触れるSNSとかでは、あんまシリアスな事とか暗い事は書きたくないんだけど、ブログなら興味ない人の目には入らんかなと思って。

読む人の数に関わらず、まーここだけが本音を晒せる場でもあるんで俺の場合。
おおめに見てやってつかぁさい。

完全にもう私的な感じの内容なので、目に入っちゃった人は、ごめんなさい。



で、ここ最近は、すげーバタバタしていて、やっと落ち着いた感じなんすけどね。

まあ、単刀直入に言えば、とても俺が大好きで、幼き頃より一番お世話になったおばさんが、お亡くなりになりました。

先月、具合が悪くなって入院したって聞いた時は、まだ普通に話せるしものも食べれる状態だったハズなのに、1週間と経たずに意識不明のお知らせ。

ウチの親から電話で知らされ、親は「会いに行きたい」と言った。
当時仕事がクソ詰まってて通常でも間に合うのかコレ状態だった俺だけど、そんな事ももう頭に浮かばずただ「わかった週末行こう」と言っていた。

対面したおばさんは、集中治療室にいた。
もう体中管だらけで、機械に呼吸させられてる状態で、むろん意識なんて無い。
俺は、目の前にある脈拍や血圧やワケのわからない数値がいっぱい映し出されてるモニターをずっと観ながら、ただただ現実感を感じられなかったよ。

こちらの声は聞こえているのか聞こえていないのか、わからない。
それはもう、本人にしかわからないけどね。
それでも、話しかけて、呼びかけて手をさすって来た。
なんか、うっすら涙を浮かべてたような、少し表情が動いたようなそんな気がした。
ただ、そう思いたかっただけなのかもしれない。

まだこうやって頑張っているのに泣いてしまったら「死んだわけじゃないんだから」とおばさんに言われそうな気がして、俺は笑って話しかけた。
きっとおばさんと一緒に話している時の俺って、いつもそんな表情だった気がするから。

その日のうちに新潟へ帰った。

家に着いたのは深夜だったけど、前の日から寝てないのに全然眠くなかったなあ。

家に着いてからは、放り出してった仕事の書類を見て、ああそういえばそうだったな、と。
いつもならアレをこうソレをこーしてと、効率よく考えようとするんだけど、もう頭が全然働かなくて、納期がせまっているのに動けなかったなあ。

それでも何とかその仕事は不眠不休で納期に間に合わせる事ができ、次の仕事に着手する矢先に、連絡が来た。

お見舞いに行ってからわずか一週間。

亡くなったよと。

それからは電話連絡の取り合いでずっとバタバタしていたので、もう悲しみというよりかは、どうするんだとかそっちの方ばかり。
よく、身内を亡くした人が、通夜から葬儀まで終わってようやく実感がわいてくるってのがよくわかった気がする。
決める事、やる事が次から次に来るから、ゆっくり浸る暇も考える時間もないのね。

そして、通夜、葬儀で再び神奈川へ。

何となく、ちゃんとして行きたいと思って、通夜に行く前に髭もツルっと剃り、髪をばっさり切って来た。
新しい店を出したばかりの幼なじみは、急な俺のスケジュールにも快く対応してくれた。

棺におさまったおばさんを見ても、なんか現実感はなかった。

おばさん、こんなにちっちゃくなったんだなあとボンヤリと思った。

俺は葬式はもう何回か経験している。

こんな事を言うのって不謹慎なのかもしれないけれど、葬式で久しぶりの親戚とかすげー集まって、式のあとみんなで和やかに会食しながら、故人の思い出なんかを笑いながら話すあの時間、俺きらいじゃないんだよね。

もちろん、悲しいんだけれど、その時間はとても暖かいんだよね。

冷たい無機質な悲しみじゃなくて、血の通って暖かい悲しみが、葬儀にはある。

だからっていって別に葬式が好きってワケじゃない(笑)
ただ、みんなで故人の事を笑って話しながら過ごすあの空間って、ほんと暖かい。
毎回思う。

温かな悲しみ。

全てを終えて帰っても、まだ何だかフワフワして実感はなかったなぁ。
ここ最近、ずっとバタバタしてたから、落ち着いて考える時間もなかった。

ほんと、今やっと落ち着いて考えれる状況になった感じで、文にしたためようかなとやっと思えた。

仕事ほっぽり出して入院のお見舞いに行って、帰ってからヒーヒー言いながら何とか出したと思ったら、亡くなったと。
次の仕事はカツカツでやっても毎回8日かかるのだが、通夜と葬儀で5日しかない状態に追い込まれ。
それもまあ、明日なんとか出せそうだ。

ただ、やっぱアレだね。

きっと人にはそれぞれみんな優先順位があるでしょう。
普段から理屈であーだこーだ言ってたって、土壇場にならなきゃきっとわからないんだろう。

俺はやっぱり一番の優先事項は、「人」。
それ以上の優先順位など無いとわかった。

大事な人に有事があった際は、仕事があろうが何があろうが、きっと放り投げて出るんだろう。

で、帰って来てから現実を目の当たりにして絶望する、と。
それを2回連続で繰り返した。性懲りも無く。

責任ある社会人としてはどうかと思うけども。
ましては全責任は自分にのみのしかかる個人事業主だ。
その後の仕事の信用にも支障をきたすだろう。

でもまあ、自分が行きてく上で、重要なことって何かって事だよな。

ただ別にそういう人が立派だとかすごいとか言いたい訳じゃないし、思わないよ。
親の死よりも仕事を優先するプロ根性だって、評価されるものだと思うし。

ただ、俺がそうみたいってだけ。

それだけの、こと。

唐突なんだけど、少し短い手紙を書こうと思う。

決して、本人には届かない手紙を。

個人的な内容です。







ねえ、おばさん。

小さい頃は毎年毎年、夏休みにいとこ4人で泊まりに行くのが恒例だったよね。

まだできたばかりのディズニーランドも連れてってもらったし、色んな遊園地やら行ったなあ。
あの時代に既に東京のテーマパークとか、ほぼ行き尽くしたからね俺。

あのときさ、子供が座ってるのが邪魔だって言って来たどっかのおっさんがいてさ、俺たち怖かったんだよ。
そしたらおばさんさ、「邪魔じゃない!」って言い返したよね。
邪魔だって言われてんのに、有無をも言わさず、理由すら無く、「邪魔じゃない!」って逆に恫喝しておっさん追い返したおばさんを、俺たちあんぐり口開けて見てたよw
その後、アイスかってくれた。
覚えてる?

ほんと色んなもの買ってもらったなぁ。
おばさん子供に甘いから、何でも買ってくれちゃうんだもの。

今思えば、おばさん一人で毎年毎年子供4人連れてあちこち遊びいくの、大変だったでしょう?
疲れた休もうって、よく言ってたもんねぇ。そりゃ疲れるわ。

いとこ4人の中で一番下だった俺は、オマエはすぐどっか行くからって怒られたなぁ。
落ち着きなくてウロウロしては、こっち来いってよく引っ張られてたなぁ。

うちの母が融通聞かないからさ、言い争いしたり、どうして俺の気持ちをわかってくれないんだと、憤ったとき、よくおばさんに泣きながら電話したよね。
泣きながら一生懸命うったえる小さい俺の話しを、うんうん言いながら聞いてくれたよね。
いっつも「よっちゃん(うちの母)は頭かたいから」と、俺の味方をしてくれた。

20歳の時、東京にいきなり出たはいいけど、計画性もなく、1年間住むつもりだった姉ちゃんのマンション追い出されたとき、俺は途方に暮れたんだよ。
部屋を借りる金もないし、実家に戻らないとダメなのかな。
俺の東京進出は半年でもう終わりかとね。

そんとき、おばさんが部屋借りれるまで居ていいよって言ってくれなかったら、東京での俺は全てなかったかもしれないよ。

朝起きてこない俺はいっつも何回も呼ばれてた。
朝ご飯からちゃんと作ってくれて、いつもおばさんのご飯はあったかかった。

あの頃は東京にも慣れて来て、遊ぶのも楽しくてうかれちゃってって、毎夜毎夜帰らなかったりして、家でちゃんとメシ喰えって怒られたねえ。
おじさんも普段は別に細かい事言わないけど、怒ると怖かったから。

一回高卒で就職したのに3年で辞めて東京に行くとか言い出した時は、親は怒り狂ったけど、おばさんはその事についてなーんにも否定しなかったね。

その後も、俺のやること進路、決めた事、なーんにも否定しなかったね。

「おまえは若いんだから大丈夫」って毎回言われてたよ。
もう考え見りゃ、ほとんどその一言だったねいつも。

信頼されてたのか、諦められてたのか(笑)

大人になってからも、おばさんにとっては俺はずっと子供であり続けたんだろうね。

もう30代になってんのに、会うと小遣いくれるしさ。
もう自分でちゃんとやってるから大丈夫だよって固辞しても、いいからって言われて受け取るまで終わらないから。

お腹すいたらうちに来ればメシくわせてやるからって、30代の人間にあんま言わないよ(笑)
働いてる大人だよもう。
米持って行くか?って。
もう大人だから米自分で買えるよ。

まだ俺が東京に居る時、1回おばさんが入院したときさ、お見舞いに俺、鉢植えの花持って行って怒られたよね。
「おまえ、これは根が付くって言って病院のお見舞いには持ってっちゃダメなんだよ」って笑いながらね。
それなのにその後、またお見舞い言ったらそれが枕元に飾ってあるんだもの。
それで本当に根が付いて退院できなかったら困ると持って帰ろうとしたら、いいから置いとけって言われたんだよ。

病院の休憩室でコーヒー飲みながら、「オマエ早く結婚しないと、祝儀もらえなくなるぞ」って言われたね。
「おばさんなんてもう長くないんだからさ。生きてるうちに嫁連れて来たら祝儀いっぱいやるぞ?ほらほら」なんて笑って言ったけどさ、点滴の台車掴みながら、少しやせたおばさん見てると俺は少しせつなくなったんだよ。あんとき。

あの時からかなぁ。
少しづつ弱くなって行ったのは。
退院はしたし、あれから何度も会ったし一緒にご飯も食べたけど、やっぱ時折苦しそうにはぁはぁ言ってたもんね。

「オマエいい男なんだから大丈夫だよ。誰かみつけて連れてきな。生きてるうちじゃないと祝儀あげれない」って、言われたけど、間に合わなくてごめんね。
誰のせいでもない。俺がふがいないだけ。

結局うだうだ好きな事ばっかやってきて、未だに結婚してないのは俺のせいなんだけど、でもおばさんに嫁、見せたかったなぁ。
今、本当にそう思う。
すげえ喜んでくれたろうなあ。
顔が浮かぶ。

あの小さかったたけちゃんが、嫁や子供を連れて来た姿、見せたかったなあ。
ごめんね。
今になって思っても、おせーんだ。
選択しなかったのは、俺。
ごめんね。

最後にお見舞い行ったときね。思ったんだよ。

きっとあのおしゃれだったおばさんは、こんな管だらけで、苦しそうに口開けたままで、頭もぼさぼさで、死にかけてる自分の姿なんか、見られたくなかっただろうなって。

でも、悪いけど、俺は本当に見れてよかったと思ってるんだよ。

その一週間後に亡くなったから、先週来ない方が一回で済んだね申し訳ないっていとこの兄ちゃんには言われたけどさ。
全然違うんだよ。

動けなくてもさ、しゃべれなくてもさ、何も見れなくてもさ、冷たくなった動かないおばさんに会うのと、まだ暖かくて呼吸してるおばさんに会うのじゃ、全然違うんだよ。

手が、あったたかかったよ。
まだ、動いてたよ。体の中が。

それは全然みっともなくなんかなくて、ひどくもなくて、何か大層な言い方になっちゃうけど、俺にはとても崇高な姿に見えた。
本当だよ。

確かにショックな風景だったけど、俺はずっと忘れない。目に焼き付けたから。
きれいにしてもらってもう冷たくなった姿を見る前に、生きて、生きて、頑張ってまだ生きてる最後の姿を見れてほんと良かった。

そう思ってる。

それもこっちの勝手なんだけどね。
見られたくなかったのならごめん。
でも、行っちゃうよそりゃあ。

あれから数日だったね。

早いよ。

でも、苦しかったんだよね。
最後は、らくに逝けたんだろうか。


みんな、泣いてたよ。

よっちゃんは、棺桶にすがってオーイオーイでかい声で泣いてたよ。

俺は、涙は出てこなくてさ。

でもさ、現実味がなくてさ。

いなくなった気がしなくてさ。

その後の会食も、後ろの方の席でいつものようにビール飲んでる気がしてさ。

居る気しかしなかったんだよ。
どっかに。

それでもその時は、俺はこんな時にまで涙が出ないなんて、本当に冷たい人間なのかもしれないって、ちょっと凹んだよ。



通夜、葬儀、初七日と一気に終わった。

近い男の人6人で棺桶を運んで下さいって言われたとき、俺は真っ先に先頭を持たせてもらったよ。

小さい頃おんぶされてた俺は、もうでっかくなったから。

最後は俺がちっちゃくなったおばさんを背負って行きたかった。

もう、ご飯の心配いらないよ。

お小遣いも、もういらないよ。

大丈夫だよ。

大丈夫。

でも。


また、次東京行った時、一緒にメシ、喰いたかったなあ。

お小遣い、もらいたかったなあ。

おばさんに、いいよって言っても、無理矢理お小遣い握らされたかったなあ。


帰った後、仕事しなきゃとモニターに向いながら、ふと浮かんだ思い出をきっかけに、涙があふれて来たよ。

今更かよと思った。

仕事ね、しなきゃ間にあわねーんだよ。

でも、次から次に思い出ばっかり浮かんで来てさ。

そんな日々を少し過ごしたよ。


それでも、どんな事があっても、俺はひょうひょうとしてるし、焦らないし、のんびりしてるよ。
だいたい笑ってるし、ちょっと冷たいって思われるくらい、悲しまないよ。

人の前ではね。

これからも、変わらず、そうだと思う。

でもまぁ、一人で居る時くらいは、いいよね。
心配、しないよね。もう。


悲しいんじゃないんだよ。

思い出す度に、あたたかいんだよ。

体温さえ思い出せるようだよ。

小さい頃からずっと。


おばさん、ありがとね。

ありがとう。

居てくれて、ありがとう。

そして、人生いろんな事があったのでしょう。
いい事も、悪い事も。

お疲れさまでした。

本当に、お疲れさまでした。

見守っていて下さい。

俺も、また会いに行きます。
次は四十九日だね。
行くから。

またね。





はい。

そんな感じでまあ、すげー個人的な文章を恥ずかしげもなく書いたワケですがね。

やっと、最近落ち着いた感じです。

当然表には一切出さずに普通に人と接していたけど、実はかなり感情的に難しいここ最近でした。
だからって別に無理して人と明るく接してたわけじゃないけどね。
ちょっと上の空の所はありました。
できるだけボロ出さない様にはしてたつもりだけど、何か変だと思った人はすみません。

ずっと急にアレやコレやになる日々で、バタついてたから。

まあ、人の生き死には、選べない。

アレやコレや考えてバタバタ動くのは、残された生きてる人間の仕事だから。
それが、最後にやってあげられる事だからね。

正直、俺ぁー大事な人が死ぬかどうかなんて時になると、安保やら増税やら原発なんかどーでも良くなるんだよ無責任だけど。

俺はきっと、大事な人が周りから全部いなくなってしまった世界がどうなろうが、興味なんかない。

自分すら、どうでもいいかもしれない。

俺は、いい人でもないし、崇高な理念も持ち合わせていない自分勝手な人間です。



こういう時いつも思うんだけど、どうしても生きて元気な時は、いつでも会える、また今度ってなりがちなんだけど。

人って、いつ永遠に会えなくなるかわからないよ。

しょっちゅう会ってると、ウザいと思ったり、ケンカしたりもするかもしれない。

面倒くさいこともあるでしょう。

でも、ケンカしてもうざくてもめんどくさくてもいい。

みなさん、どうか大事な人といっぱい話して、一緒にご飯食べて、いっぱい顔をみて、笑顔も、怒った顔も、泣いた顔も、いっぱい見て。

この時に会えなくなるって予定は決められないからね。

あれが最後だったんだなってのは、それが永遠に失われたから気付くんです。

だから、いっぱい飽きるほど触れ合って欲しいと本当に思う。

もっと、もっと。

時間がないとか遠いしとか言ってても、まだ金払えば、時間かければ会えるんでしょ。

突然に永遠に会えなくなってしまったら、何をどうしようとも、二度と顔も見れないし話せないんです。



細かい事なんか、ほんとどーでもいいんだよ。

みなさん、どうか、生きていて。

誰と誰が付き合おうが別れようが、仕事やめようが離婚しようが結婚しようが、不倫だろうが初恋だろうが童貞だろうが、そんなのどうでもいいんだ俺は。

その人がね、いい笑顔で居たら、楽しそうに日常を語れてたら、それでいいんだ俺は。

それ聞いて笑ったりしてーんだ俺は。

中身なんて、なんでもいいんだわ。

くだらねー内容でも、とるに足らん相談されてゲンナリしてもいーんだ俺は。

元気でいてくれりゃーいいんだわ。

元気で生きて、また話したり笑ったりできりゃーいーんだわ。



やっぱりそれでも若い頃と違って、歳をとってくるとどんどん選択を迫られる事も増えるしさ。

手に入れたい何かを欲した場合、手放したくない何かを捨てる覚悟がいることも増えるしさ。

若い頃よりもなあなあな判断や気持ちで何となく決めてやり過ごすってことができなくなってくるよ。確かに。


色々あるけどさ。

お気楽じゃーいられんけどさ。


グチったり落ち込んだりもしながらさ、それでも、また笑って話したりさ、そうやって、なんとかこうとか、それなりに、楽しく、元気で、力一杯、楽しく生きて行きましょ。


ねえ。


俺は一人では生きられない。

人を欲するし、人に一喜一憂するし、人に腹が立つ。

みんな、大事ですよ。本当に。俺には。



じゃ、まあ。


次からはまたふつーに適当に書きますわ。

次っていつだよ。


まあ、いくら真面目な事書いてる風でも、それはここだけの話しですし。

おすし。


おすし、たべたいです。


僕は、元気です。

能天気でお気楽なバカ。
それで、いいんですよ。

楽しくやってこうぜ。


これからも、今まで通りに、ザギンでシースー喰いながら、パツキンのチャンネーを抱きまくって生きて行きたいと思います。


一回たりとも抱いた事ないけども。


童貞の平岡をこれからもよろしくお願い致します。

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  1. 2015/10/08(木) 03:40:32|
  2. 日記
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  4. | コメント:0
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